教会報 『さんいつ』 第8号(2015年10月)より

「放蕩息子?」 ルカ 15:11-32より
平良愛香牧師


  

 

ある日息子が父親に「私が相続する分の財産を今ください」と言って、財産を受け取ると家を出てしまい、散財の結果、食べるものにも困り、「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と言うためにもどってくる。そんな息子を見て、父親は走り寄って迎え入れ、息子の言い訳を終わりまで言わせず、「食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」と周りに宣言する。

この話の中で、食べるにも困った息子が「我に返った」という場面がある。悔い改めたと読むのが長年の聖書解釈だった。けれどこの箇所について、「思い出した、振り返った、と訳すべきだ」と何人もの人が指摘している。自分が悪い人間でしたと思って悔い改めたのではない。お腹が空いた。そういえば家には食べ物がいっぱいあった。それを思い出したのだ、と。必ずしも「悔い改めの物語」ではなく、もっと素朴に、「ああ、お腹がすいた」という理由でもどっていい場所があるのだよ、という話として読めてくる。

もう一つ興味深いのは、息子が戻って来たとき、まだ遠く離れていたのに父親は息子を見つけて走り寄って首を抱き、接吻したという記述。たまたま息子を遠くから見つけたのではなく、帰ってくるのを見逃さないようにずっと探し続けていただろう。実は、親が生きているうちに遺産をもらって家を出るというのは、家や村という共同体を裏切る行為だった。だから村人に見つかったら「お前は裏切り者だ」といって半殺しにあうかもしれかった。父親は、もしその子が帰ってきたなら、他の村人に見つかるより先に保護しなければならなかった。走り寄って抱きしめたのは「わたしはこの子を許している」ということを示すためであり、宴会も「わたしはこの子が帰ってきたのを喜んでいる」とアピールするのが目的。指輪をはめて特別な信用を表し、「この子は使用人ではない。誰にも手出しはさせない」と、村人に息子を受け入れてもらうために小牛を屠った。父はただ嬉しがっているのではない。周りから息子を守り、周りの怒りを溶かす努力をしているのだ、と。

一方、この息子には兄がいた。兄は弟が帰ってきたことを喜んでいない。弟のことを「娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶした放蕩息子である」とレッテルを貼ろうとする。しかし父は、そのようなレッテルにびくともしない。語るのはただ、「息子は死んでいたのに生き返った」ということのみ。周りが貼るレッテルは、神の前では意味をなさない。

そもそも、「放蕩息子」というタイトルも本当はおかしい。物語の前半に「放蕩の限りを尽くして」と書いてあるけど、原語では「お金を浪費した」という言葉であり、酒や女におぼれたという「放蕩」の意味はない。ではどうして「放蕩の限り」と訳されたのか。後に兄が弟に貼ろうとしたレッテルを、訳する人まで鵜呑みにしてしまったとしか言いようがない。

このたとえ話は、もしかしたら、回心や赦しがテーマなのではなく、どんな状況にあっても、たとえそれが神に背くように見えたとしても、徹底的に味方になってくれる神、周りの敵対する人たちから守ってくれる神、そして、その敵を和解に導こうと取りなしてくれる神の話なのではないだろうか。



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